ブレストという言葉だけでごまかされるレベルはただ愚痴を言う場所が欲しかったからだろう

会社の部署でブレストをしましょうという場を設けらることになった。業務範囲があやふやで宙ぶらりんになった業務が多いと文句が出たからだ。自分が持っているブレストのイメージは時間使うものだし前準備も必要だしで疲弊するしで、なのに不毛な時間になってしまうのはい嫌だから誰かがファシリテーターをちゃんとして欲しいと思い、自分が立候補するかと思った。しかし思い返すとそのブレストをするという発案はその時メンバーから出たとめどない憤懣をいなすためだったとおもう。やり方すら知らないブレストという考えるフリの時間を取ることで意見を出しあったという事実だけ残せば、それらのメンバーは満足するだろうという策していたと思われる。結局僕はファシリテーターには立候補もしなかった。時が来て彼がやり始めましょうということで彼が先に書いてきた資料はただの縦の区切り線だった。多分彼は一度場を持つことでこちらを向いているという態度を示すだけで薄っぺらだが信頼が得られると思ったのだろう。もしかすると生産的な話し合いの結果が出てしまうことで話しても通じない上層や他部署対する折衝の大変さが身にしみていただけかもしれない。だからレベルを下げてきたのか。真面目な話をして出来上がった生産的であろうかもしれないものを無駄にすることの方を恐れた。俺だったら四角四面に真面目にやろうとしてメンバーを疲弊させて終わるだけだったかもしれない。きっと彼は新たな根深い問題を解消して行くよりも、目の前の仕事を片付けて事な気を得るという判断をとったのだろう。
やりたいと一瞬思うけどやらないで辞める理由はだいたい目の前にあるものを見直してこっちの方がやったほうがいいかなと思った時だ。今こっちをやりたいから邪魔を混ぜないでくれと。
僕は思う。中途半端に期待させられるだけならば立派な言葉を使って解決従っているようなそぶりを見せないでくれと。俺にもやりたいことはあるんだ誰にも邪魔をされずに。