あなたが死んだら周りの大人がどれだけ悲しむか考えてください

こんなツイートが先日リツイートされてきた。

ムズムズする。「言わんとしていることは分かるがしかしアレ」案件を上手に整理したいとおもった。概念を指し示す一つの言葉を知らないということは、論理は複雑な概念同士のつながりを表現することから結論を導き出すのであるから、結論を導く前に雑然とした説明文を経ねばならないからスピードが遅くなるということであるということをただただ痛感するばかりである。だけど想像はできる。想像を重ねるだけ重ねてみれば何か言えたような気がするのではないか。

「あなたが死んだら周りの大人がどれだけ悲しむか考えてください」

この言葉を人が発言するときの状況はどうだろうか、コメンテーターが発したということだがコメンテーターは何を考えながらこの発言をしたのか、「自死する人が他人の事を考えない」ことについて「自死する人」を責めるために発言したのか。それとも、「他人の事を考え」ることが「自死する人」の精神へ良い影響があって自殺念慮から思考が離れる可能性を意図して言ったのか。どちらの意図なのかなど説明することもなくまずはコメンテーターが間違っているということを前提に話が進んでいる。 弱い立場の者を想像することはできるけれども、コメンテーターという強い立場にいる人の心の中や意図は、サイコパスという一言で片付けてしまう想像力の無さについていつもなんかアレとおもう。

アレと思っていることはまだあって、こういう類の権力なり力を持っているものが力を持っていないものを励ます場合はだいたい力を持っていないものの状況を配慮できていないからだという類の発言は、断定するような発言が多いということだ。

しかし断定的発言をしてしまうことには一定の効果がある。断定してしまうことで文章は短くなり、一定レベルの正しい思えそうな結論に見える。バランスは悪くても正しいことが含まれていると正しい情報のように錯誤させられる。

矛盾がないようにすべてのつっこみ条件をクリアしながら書く文は、さながら法律の文のようでメッセージ性がどんどん消えていく。

自分は人の意見に影響されやすく、何かに飛びつきやすくすぐに誰かの意見に影響されてしまう癖があるのを知っているので、必ず何かを疑うようになった。まあ適当に影響された意見を言ってたら実は間違ってて辛かったっていうのを子供の頃からちょいちょい体験してたら普通レベルに気をつけられるようにすべきだって意識が働くようになったというくらいのレベルです。ただそういうのに子供の頃に気づいてしまったので、それを正すことが全てかのような一度逆張りをしてそのあと元のほうも合わせて想像して、両方考えてから結論さえ出せば大丈夫と思い込みそしてその思い込みの激しさが故に、偏ったことを言ってしまうのは罪みたいなことばかり考えて、人の話を聞いていてもイライラすることばかりだった。という嘘を今おもいついた。

そしてこう思う。あ〜アタマが悪いので死にたいな〜。考えることをすぐに放棄してしまうこの頭を取り替えたいな〜。

という風に、論理は複雑な概念同士のつながりを表現することから結論を導き出すのであるゆえ、その概念を表す言葉を知っていると内容を説明して思考が脱線していくのを避けることができるのだ。

バランスが悪いことを何性がかけてるっていうんでしたっけ?わからないので教えて欲しい。すぐに忘れてしまうけれども。

あと、面白かったのでコレを見てください。今の話とはなんの関係もありません。あとホントは書こうと思ったことがあったんだけどめんどくさいので、こういうのは突っ込まれ待ちなのでオッケーって話がしたかった。

どうですか?

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