不条理を悔やむことはお前の心が狭いからなんだぜベイベーって岡村靖幸に教えられたい

f:id:gnufrfr:20160301154355j:plain職場で漫画を読みながら仕事をするエンジニア|フリー写真素材・無料ダウンロード-ぱくたそ

座席がいっぱいになり1人年寄りがスタンディングでコーヒーを飲んでいるのにその後ろでは、2人がけのテーブルを2つくっつけて4人分の場所を占拠したOL風30代後半女性2人。既に食事も終わり飲み物も飲みきり氷も溶けきったグラスが机には置かれているだけで後は喋り続けるだけといった様子だ。 

すぐキレるタイプで、日々周りに不平不満を撒き散らしているかの様な雰囲気を醸し出している片方の女が言った。

「いたしかたない」ってなんなの「いた・仕方ない」の「いた」ってどっから来たんだよってね。あの人の考え方はわからない、どうしたの「いた」って、「いた」とか付けるあたりがあの人のありえないところだよね〜。

向かいに座る女は、「いただからさ、なんていうのいたっていう感じ?じゃない?なんとなく。なんか伝わる所あるでしょ?」などともっともらしいことを答えている。

「致し・方・ない」であって、「いた・しかた・ない」ではない。立川というオフィス街ではない町で事務仕事をしているような女性のレベルというものはこんなものであろうかと勝手に蔑んでいる差別主義者の私の話がメインではありませんが。申し訳ございません。

一方で、自分は、アボカドと小エビのパスタなどを食べながら、電源があるカウンター席が空くのを待っているのだが、カウンター席には、自分隣の席の椅子に鞄とコートとマフラーを置いた、後ろから見る限りは真面目そうな勉強をしている男がいた。年齢は若そうだがよくわからない。座席が全部埋まっているにもかかわらず荷物を出し続ける根性はたいへん見習うべきだと私自身は思う。
それは自分が小心者なので誰かに怒られるのが怖いからだ。そういう行儀作法や周りへの気遣ができることだけが自分が生きていて許される理由の一つであると硬く信じて疑わない、もしくは、そう信じさせられて育ってきたから、そのようなことをかんがえる。身近に父という反面教師がいながらいつもそれを諌める母。母のほうが好きだったのでそれに影響されて同調していたが、それはモラルハラスメントをするメンタルを生み私がモラハラおじさんと育ったわけだ。しかしその母は何年か前にくも膜下出血に罹患したあと性格が変わったかのように自由に言葉に出来ない怒りを他人にぶつけるようになってしまった。悲しいことだ。しかし私はその悲しいことになった母をいたわることもなく、ただもうその怒りなどに触れるのはめんどくさいのでかかってくる電話を無視する。といった理由をつけてみたが実はそれよりも前からかかってくる電話は誰からということもなく無視していたのでした。

しかしそんな自分の話は今はそっちのけだ、何が伝えたかったのか伝えようとしたのは、いままでつらつらと書いてきた周りの状況や私の心中の話ではない。

件の、カウンター席がいっぱいにも関わらず隣の席に自分の荷物を置く輩についてだ。
その輩が机に出しているものについてだ。それはペン立てだ。ペン立てを机の上に出している。筆箱ではない、ペン立てだ。確かにしっかりと大地に根を張って縦方向に立っていらっしゃるペン立て。蛍光ペンの先はまっすぐと天を指し、ピンク色と緑色と黒色といろいろな色が揃っているさまはまるでゴーギャンのひまわりのようだ。美しくすっくと立ち上がるペン達とともに彼は、自分の隣の席にある鞄から書類を出したりいれたり出したりいれたりしている。なるほどそのようにして自分の効率のためにしょうがなく、いっぱいであるにもかかわらず隣の席を占拠するという横行にでたのか、それはしょうがない。

私は心が広いというか、チキンだし、誰かに怒られるのとか誰かに嫌な顔をされたりするのが嫌いだから、今しょうがないという気持ちを見つけて自分の苛々を収めるのであった。

たとえ、イライラが収まらず自分の電源が失われていき充電が足りなくなってきた際には、私には彼の効率を奪う権利が十分に発生するので遠慮無く声をかけたいと思う。
しかしなかなかそうは言っても声をかけるのには抵抗がある。どんな抵抗があるかというと、声をかけて自分の席を得た後には、自分が行った声をかけるという苦行が成し遂げられたという達成感による興奮と疲労が同時にやってきて本来の目的である仕事が全く進まないのだ。

そして、想像に難しくなく私はそこまでを想像して妄想して妄想し終わった後どうも心が抑えきれなくてそれを文章に認めるという愚行を行っているのである。まさにいま仕事には少しも手を付けていない。

ああ。早く楽になりたい。

どうやらペンたてにもなる筆箱が売っているらしい。コクヨのヨコクかよ!