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自分の才能の枯渇を感じたり、未来を感じられなくなった時でないと人は教育者にならない

誰かがツイッターで言っててすごく覚えてるセリフ。「自分が研究者としておワタってなった逃げ道に教育者を選ぶ」とかなんとか。

 

 

ということで、研究者か、エンジニアか、くらいしかわかんないけど、そこら辺って手に職だったり学問だったり突き詰めたり考えたりしたいことがだんだん尽きてきて、でも、何処かにコミットしたいから(すなわちなんか寂しいから)、教育者になる。

 

教育に興味を持ち始めたことを自分の能力が衰えてきたからと認識できる人であれば、教育においても良い行動が起こせるだろうが、逃げて教育に走った人らはだいたいモラハラおじさんにしかならないので、人に教えを請うときや、何かを習いに行くときは注意が必要です。「自分の才能の開花を諦めた」と自己認識がある人になにかを教えてもらいたい。

 

なので、現役バリバリの人のところに行って学ぼうとか思わない。「見て習え」「俺の言うとおりにしろ」としか言わないので学びたいものが具体的に浮かんでいる人にとっては効率悪いと思ったりしてる。

 

思うばかりで全く習いに行かないわたしからの悶絶