何も考えないでAppleに与えられるままにしていたら、もう音楽聞かなくてもいいかなってなりそうで怖かった話

何も考えないで与えられるものをそのままにしていたらアイデンティティが消失してきた話です

イヤフォンの充電ケース無くしてイヤフォンが手元にずっとない生活をしていて、もう音楽聴かなくていいかなみたいな気持ちになってれやばい。 これは、AirPodsをなくしたとき以来の2回め。

AirPodsをなくしたときも同じ気持ちになったのでかなり危機感を感じていたが、今回、安めのBluetoothのやつを買って、なくして、いよいよヤバいかなってなってきた。のでメモしておく。

それもこれも怠惰でワーキングメモリーが少なく、くだらないことに小銭を消費してしまうADHDおじさんが惰性でAppleに従っていたせいだ。

iPhoneからイヤフォンジャックがなくなっても、 ワイヤレスで接続しないと充電しながら音楽が聴けなっても、 完全セパレートのBluetoothイヤフォンの快適さに毒されて音質を気にしなくなってしまっても、 同じプラットフォームにいる限り、流れに従わないと辛くなるのはわかっているので、惰性でAppleに従っていた。 プラットフォームを変えてしまう勇気はなかった。 (iPhoneからAndroidにかえるとか、iTunesから別の管理ソフトに変えるとか、AppleMusicからSpotifyに変えるとか)

物をよく無くすADHDおじさんとしては、イヤフォンは安く取替の聞くものでなければ、ならなかったはずなのに、Appleはイヤフォンをコモディティとして扱わせてくれなくなった。

今までの人生で、たくさん掘り出して探し出し、一生懸命作っていたプレイリストは、どんどん見えない場所に追いやられ、Appleに用意されたプレイリストばかりが、目立つところに出てくる。

音楽は自分がキュレーターであることが喜びのひとつなのに、そこには自分があるような内容な。 ラジオ番組を選べる感覚と思えばいいのかもしれないけれど、自分は漫画は雑誌派じゃなくて単行本派なんだ。

怠惰なので流されやすいADHDおじさんは、Appleの言うがままにいたから、だんだん音楽体験が変わって行くのに気づかずに、惰性で過ごしていた。 たくさん音楽が聴けるけど自分の好きだった音楽が遠ざかっていき、用意されたプレイリストを流して聴いてアーティストの1曲をつまみ食いするだけになった。

単行本派とかいうけど、結局は自分が選んだものに愛着を持って繰り返し見るという行為を、なにかの媒体に頼らないことがアイデンティティとしていただけなんだろう。エアチェックをする能力もないくだらないおじさんだから、こんな音楽の聞き方になるともうアイデンティティなど崩壊に近い。

ワーキングメモリーが少なく、くだらない小銭の浪費ばかりで収入が消えていくADHDおじさんは、貧乏だし馬鹿なのでいろいろな趣味を残すことができず、最後の砦として趣味の音楽だけを残したつもりだったが、それすらも消えてしまいそうだ。

それもこれも自分が惰性に任せて今までのスタイルを大切にしなかったせいなのだけどあとは死を松の実感マジ高い。イヤフォンがないまま過ごせてしまう自分が自分じゃなくなって行くようだ…。